クララの近代日本史演習

日本近代史 その1(明治から大正)1900-1950年


課題1.

 「女性達の物語1 本篇」をチエ(タカの母)の実母シンが亡くなるところまで読み、500文字以内に要約せよ。


(解答例)


「吉良家の長女リハは、利発で学校に行きたかったが、行かせてもらえなかった。大きく成ってはっきりものをいう性格になった。東京で天皇陛下の前で日本は戦争に負けると言って、周りの人をひやひやさせた。35歳の時に後藤進と結婚し、後藤家に来た。進には5人の美人姉妹がいて、そのうちの一人、四女のシンを、リハは一目で気にいった。シンは働き者で、兄弟の出世頭次男のまさきが満州で妻のおきよ様の家事手伝いを買って出て、寒い冬の満州で文句ひとつ言わず働いた。リハはシンを一目で気に入って、弟の基と結婚させた。高校教師の基は結婚後松江で長男の行雄、京都で長女のチエ(タカの母)が生まれ、幸福だった。

しかし満州での寒さのせいか、シンは結核にかかり、生まれたばかりのチエの顔を見ることなく20歳の若さで亡くなった。亡くなる前に、義母に二人の子の後をたくして、二人のそれからの平和で静かな人生を思い浮かべ安らかに死んでいった。シンは知る由もなかった。それから3年後日中戦争勃発、5年後日本はアメリカに宣戦布告、戦争への道をまっしぐらに進んでいくようになろうとは」



課題2.

  上記の課題1と同じ範囲をもう一度読み、そこからわかるこの時代を特徴づける社会的キーワードを10個選べ。またそれぞれについて、それが一般民衆に与えた具体的内容を述べよ。

(解答例)

(1) 戦争 徴兵制、満州進出、国内空爆、敗戦

(2) 病気  不治の病結核

(3) 貧困  

(4) 男女の教育格差

(5) 天皇は神

(6) 多産家族

(7) 養子制度

(8) お見合い

(9) 自然災害

(10)





課題3.

  上記の物語のリハが天皇と会うシーンで、リハの行動に対するその当時の民衆の反応を、肯定的な場合と否定的な場合に分けて想像して延べよ。


(解答例)

肯定的反応:何割かの人は、心の中ではリハと同じ思いであったが、口に出して言えず、心の中で

      リハに声援を送るのが精いっぱいであった。

否定的反応:しかし、洗脳教育により天皇崇拝は根深く、大部分の人は冷ややかな目でリハをみていただろう。


課題4.

課題1.と同じ範囲において、シンが義母に二人の子の後をたくして、二人のそれからの平和で静かな人生を思い浮かべ安らかに死んでいったシーンにおいて、特にチエ(当時4歳)について、シンが「それからの平和で静かな人生を思い浮かべることができた」理由が義母きわが守ってくれると約束してくれたこと、以外にもうひとつあった。物語では、この後ででてくるのであるが、その理由を想像して述べよ。


(解答例)

チエ(当時4歳)は、シンの義理の姉、チエの叔母であるリハの養女となることが決まっていたので、見ず知らずの姑のところで苦労することはない、と思っていたから。


課題5・

シンが確信してやすらかに死んでいったもうひとつの理由は、実際にはどうであったか、述べよ。


(解答例)

実際には、見ず知らずの姑よりも厳しいリハの下でくらすことになった。


課題6

シンは、自分の娘チエがリハの養女となり、自分(シン)が生まれた家でくらすことに

なることを、知ったとき、以下のように言ったと言う。

(   )の中の言葉を当時の家督制度を念頭において想像せよ。

  シン:「それでは、(    )があの家の後を継いだのと同じことになるんですね。」


(解答例)

「それでは、(私)があの家の後を継いだのと同じことになるのですね。」


シンは、自分の娘チエが、自分の生まれた家の後を継ぐことで、結果的には

自分がその家に戻って後を継いだのと同じになると思った、

実際、シンは亡くなった後、自分の生まれたあの家に戻ってくれば、自分の娘が家を

守っていてくれるという、安心感があったのではないだろうか。

(28年の短い生涯であったが、その顔はかすかに微笑んでいた)理由の1つだったかも。


課題7.「女性たちの物語 本篇」をシンが亡くなった後から、チエがりはの家に養女として

来るまでの部分を読み、500字以内にまとめよ。


(解答例)

シンの予想どおりシンがなくなっても、チエは悲しむ様子はなかった。きわがいれば良かった。

しかし、学校に行ってなかったきわちょしゃの


(続く)



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